永次郎のブログ

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ひな祭りと、こどもの日の大きな違いってなにかわかる?

どうも永次郎です。

もうすぐひな祭りですね。

まだ自分は結婚もしてないし、子供もいませんが、弟の甥っ子・姪っ子はほんとうに可愛いもんだなと思います。

そこで、ひな祭りとこどもの日の違いってなんだろ?

と思い、記事にしたいと思います。

 

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ひな祭りって結局なにするの?

→ひな祭りとは女の子の健康や成長を願う行事で、「桃の節句」とも呼ばれている。

この時、ひな人形を飾るのだが、ひな人形の役割としては、女の子の穢れ(けがれ)や厄災の身代わりになってもらうための人形なのである。

また、紙で作った人形を川に流したりすることで、邪気をお祓いする風習もある。

なので、いつまでもひな人形を置いておくのはNGとされている。

 

なんでこの時期なの?

→季節の節目を意味する言葉で「五節句」(中国)というものがあるんですけど、

この時期に邪気が集まりやすいといわれ、身を清める儀式を行っていました。

・1月7日「人日(七草がゆ)」

3月3日「上巳 じょうし(桃の節句)」

5月5日「端午(菖蒲の節句)」

・7月7日「七夕(星祭)」

・8月9日「重陽(菊の節句)」

 

由来は?

平安時代の貴族の遊びで「雛あそび」といわれる、おままごとみたいな遊びがあった。

ひなというのは「小さくてかわいらしいもの」という意味があるのだが、それと節句の上巳(じょうし)が結びつき、今のひな祭りになったと言われている。人形を飾るという形になったのは、江戸時代に入ってからである。

 

こどもの日(端午の節句)とは?

もともとはこの端午の節句の時期に、菖蒲湯に入り邪気を払うといったものでしたが、

江戸時代に入り、「しょうぶ」を尚武(武事、軍事を尊いもの)と重ねて、男の子が強く育つようにと願いを込め、いまの形となりました。

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結局違いって?

【邪気払い方の違い】

桃の節句(女)→穢れ(けがれ)や邪気を、人形に移し身代わりにする。

端午の節句(男)→菖蒲湯に入り、邪気を払う。

 

穢れってなに?

穢れ(けがれ)とは、忌まわしく思われる不浄な状態。死・疫病・性交などによって生じ、共同体に異常をもたらすと信じられ避けられる[1]。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

は?意味わかんないんですけど。


ようするに、疫病や災害の原因を「穢れ」といっていた。

 

これ、自分も調べてて初めて知ったんだけど、女性特有の生理や出産が「穢れ」

という文化が昔からあったみたい。女子にしてみれば不愉快な文化だよね。

「穢れ」の歴史について分かりやすく、説明されていました。

これからの時代に、女性はもちろん、男性も知っておきたい「生理」のこと。「生理」が“穢れ”と見なされた歴史を振りかえろう。

その歴史をひもとけば、日本人の総氏神は天照大神という女神であり、最初の国家・邪馬台国の首長は卑弥呼――。

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このように女性を長としていただいてきたはずの日本だが、生理(月経)はいつしかタブーな存在となり、女性は穢れと見なされるようになっていった。その理由はいったいどこにあるのだろう。

少なくとも律令制(中央集権制度)成立前の日本では、女性の穢れという概念はなかった、というのが、一般的な解釈です。

 

■時の権力が作り上げた「血穢」という意識


変化が訪れるのは、平安時代。中国(唐)の律令格式という法典を取り入れ、伝統的な母系社会から唐伝来の家父長制へと転換していく過程で、「女性は穢れ」という概念も輸入されたと見られる。

「平安初期に施行された『弘仁式(820年ごろ)』で初めてお産が穢れと規定され、さらに『貞観式(871年)』や『延喜式(927年)』が規定されました。こうした考え方は、当時はまだ宮中祭祀などに限られたものでしたが、やがて仏教の世界にも広がり、徐々に貴族社会にも定着していったようです。さらに中世以降には、神社でも血穢について規定がなされ、女性の穢れは広く浸透していくことになります」


■’70年代まで続いた時代錯誤な「月経小屋」

こうした「穢れ」の意識は江戸時代に入ってもなお連綿と続き、ついには、庶民の暮らしとも密接に関わるように。

「その代表的なものが『月経小屋』。火が穢れをうつすという考えにもとづき、生理中の女性はほかの人たちと同じ火を使わないよう、専用の小屋に入ることを義務付けられたという記録が各地に残っています。この月経小屋は地域によってさまざまな名称がつけられていましたが、『不浄小屋』『よごれや』などという名もありました」

呼ばれ方がひどいな。

今の時代だと、男尊女卑で訴えられそう

そして驚くべきことに、この月経小屋、’70年ごろまで日本に存在していたというのだ。

「表向きには1872年(明治5年)に政府が発布した太政官布告によって、産穢・血穢は廃止されました。きっかけは、開国当初、大蔵省(当時)を訪ねた西洋人が、妻の『産穢』を理由に欠勤した役人に『文明開化の時代に、何をしているんだ』と抗議したことだといわれています。

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それでも、月経小屋は長く存在し続けた。ほかにも、軒下で過ごしたり、食事を外でとらさたといった不文律は各地で継承され、「まるで罪人扱い」「子どもにまで差別されて悲しかった」という証言が残されている。

「つい数十年前まで、生理に対する『穢れ』の意識は生活に深く根ざしていたのです」

■歴史を動かしたのは一人の「主婦」だった

千年以上も続いた「穢れ」の意識。しかし、’61年に誕生した「アンネナプキン」が、女性自身の生活も意識も、大きく変えた。

これが日本で初めて生まれた使い捨てナプキンです。生みの親である坂井泰子さんは、もともと専業主婦。この商品の登場によって、それまでカット綿や脱脂綿を使ってしのいでいた女性の生理が格段に快適になっただけでなく、おしゃれなパッケージと商品名で、生理そのもののイメージをも一変させたのです。それまで『月経』という言葉を口に出せなかった女性たちも、『アンネ』という代名詞で語られるようになったのですから。高度経済成長期を経て女性の社会進出は飛躍的に進みましたが、

もしこの使い捨てナプキンが誕生していなければ、その歩みはもっと遅れていたことでしょう。



宮廷権力の強化をはかった、時の為政者により生み出された「血穢意識」。千年の時を超え、その意識の払しょくに大きな役割を果たしたのは、市井の一人の主婦だったのだ。

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一般サイトだと、「ひな人形は、穢れや邪気払いの身代わり人形」と書いてあるのだが、 Wikipediaには「穢れ」なんて一言も書いていないのである。

男尊女卑の考えや、女性の社会進出も影響して、内容が変わったのかもしれませんね。

 

まとめ

ひな祭りとこどもの日の大きな違いは、両方とも人形は飾るのだが、人形を飾る意味合いは全く違ってたってことです。

 

こどもの日は、人形やこいのぼりを飾るよりも、菖蒲湯につかる方が大事なんだと思いました。こういった女性に対する謂れも、時代とともに改変されてもいいのになと僕は感じました。

 

余談ですが、ひな人形をずっと何年も飾らずにいたら、人形に白髪が生えてきたなんて、ちょっと怖い話もあるようです。コエーヨ「怖いもの見たさ」で覗きたい人はどうぞ。

matome.naver.jp

 

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